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苓北町の概要

最終更新日:

町の位置

苓北町は、熊本県の南西部に点在する天草諸島のうち、最も大きな島である天草下島の北西端に位置しています。町の広さは東西に9.76km、南北に12.3kmで総面積は67.58k㎡。西は天草灘をのぞみ、北は千々石灘に面した美しい海に囲まれた町です。

北緯:32°32’24” 32°25’32” 東経:130°1’06” 130°7’44”

町の歴史

苓北町の歴史は古く、古墳や土器などが発見されたことから、縄文、弥生の時代までその歴史を遡ることができます。そのころから既に勢力をもつ先人たちが生活していたと立証されています。

苓北町は数百年にわたって天草の中心地でした。1205年志岐光弘氏が志岐六ヶ浦の地頭となり、坂瀬川、志岐、都呂々、富岡を含む天草下島の北部一帯を約400年統治しました。そして、戦国時代末期には全盛期を迎え、志岐麟泉はキリシタンを受け入れ、南蛮貿易を行おうとしましたが、実現できませんでした。

その後、徳川時代には富岡に代官所が置かれ、約270年間、天草全土の郡政を治め、天草の政治、経済、文化の中心地として繁栄しました。

昭和28年の町村合併促進法施行により、天草郡坂瀬川村、志岐村、富岡町及び都呂々村の4ヶ町村の合併の機運が高まり、昭和30年1月1日、都呂々村を除く3ヶ町村が合併、苓北町が誕生しました。翌年の昭和31年に都呂々村が編入合併され、現在の苓北町となりました。

苓北町の地勢

苓北という名前は天草全土が「苓州」と呼ばれていたことでつけられました。「苓」は「あまくさ(甘草)」を意味し、苓州の北部に位置する町ということで「苓北」と名付けられました。

その名のとおり、苓北町は天草下島の北西部にあり、町の広さは東西に9.7km、南北に12.30kmで67.58k㎡となっています。西は天草灘をのぞみ、北は千々石灘に面した美しい海に囲まれた町です。

苓北町の特徴である細長く突き出た富岡半島は陸繋島として知られています。美しい砂丘は天然の良港を形成しており、昭和31年には雲仙天草国立公園の指定を受けています。また、半島から伸びた砂嘴の巴崎は小天橋とも呼ばれ、熊本県指定の天然記念物ハマジンチョウが群生しています。

町の花木

まちの花 ハマユウ

ヒガンバナ科に属し、常緑多年草であるハマユウは、苓北町に多く自生しており、なかでも雲仙天草国立公園に指定されている富岡半島の西海岸には群落しており、潮騒に揉まれながら生き生きと南国情緒を彩っています。

まちの木 つばき

つばきは、苓北町の山野のいたるところに自生し、風害、潮害に強く、円錐・半円形の自然樹形の美しさが見られます。原生は「やぶつばき」といわれ、冬から春にかけて次々に赤い花を咲かせ、その実は食用油又は髪油として古くから庶民生活の中に生きつづけてきました。

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